17歳のとき、テレビドラマは未経験ながら、大河ドラマに出演した女優の松たか子。その後もテレビや舞台で活躍し、19歳で歌手デビュー。同年、紅白歌合戦に出場するなど、若い頃から多方面で活躍してきた。

 12月16日放送の『SONGS』(NHK総合)では、演技と音楽それぞれの原点を語っていた。

 彼女が初舞台を踏んだのは16歳だが、その少し前に、演技を目指す気持ちが芽生えていたという。それは父である松本幸四郎の舞台を見てのことだった。

「小学校6年生のときに、父が『ラ・マンチャの男』っていうドン・キホーテのお話をやっていて、ちょうどそのとき、祖母が危篤状態になって。父も疲れが溜まっていて、コンディションがいまいちで、声があんまり出ない」

 はじめはその様子が気に入らなかったが、徐々に気持ちに変化が。

「最初、『お客さんになんて姿を見せるんだ』って腹が立って。でも、次の瞬間に、(父が)ドン・キホーテだったりセルバンテスの役に見えた気がして。それを、客席で見てるお客さんたちが支えてくれてるとか。そのとき初めて、『自分の父親はこういう仕事をしてる人なんだな』って思って。(芝居を)やりたい……っていうんではなくて、私もこっちに進むのかなって」

 その後の大活躍は御存知の通り。端から見ると順風満帆この上ないが、幼少期にピアノを習っていた際、挫折した経験があるという。

「ピアノを習った先生がすごい厳しくて、小学校のときに、ストレスで倒れたことがあって(笑)。ピアノはすごい好きで、でも練習が嫌いで、マジメにやらなくて。
 ピアノを弾いて歌うことは好きだったんだけど、自分の練習不足で挫折的なことがあったり」

 そんな時期、あるアーティストを見て、不思議に感じたことがあった。

「テレビを見たら、楽しそうにキーボードを引きながら歌ってる人がいて。それがスティービー・ワンダー。私はこんなにつらいのに、なんでこの人はこんな楽しそうに歌えるんだろう? って思って。

 弾いてて、歌ってて、すべてがひとつになってる。この一体感は何だろう……? って。子どもだったから、意味もわからず『Part-Time Lover』を聞いてたって感じ」

 さらにもう一人、松がこの時期に憧れていた歌手がいた。松田聖子だ。 

「『この人の声、何だ?』みたいな。もちろんキレイな声なんだけど、いわゆる声楽の人のキレイな声とも違う。ハスキーなのに通る声っていうのが、私には衝撃で。『なんだろう、この人の声?』って夢中になったのは、聖子さんが最初」

 このようにポップスに触れた経験もあり、歌手としてデビューすることになるのだが、そのきっかけはドラマのプロデューサーだった。

「ドラマに出たときのプロデューサーの人から、『CD出さない?』みたいな感じで言われて(笑)。『絶対イヤです』って言って。音楽は大好きだったけど、私はそんなのやっちゃいけないみたいに思ってたから。ピアノを中途半端にしたっていうトラウマがあったから、本当にありえないと思って」

 しかし、結局は歌手としての活動にも挑戦。結果的には、芝居だけやるよりも、精神的にはよかったと感じているようだ。

「1枚(CDを)出して終わりだったらやんないほうがいいと思って。だけど、やってみて、ピアノで曲を作ったり、弾くことがあると、ちょうどよかったのかなと思ったり」

 松のピアノはプロから見てもなかなかの腕前だという。小さい頃に挫折を味わうほど厳しい練習をした成果が、後になって実ったのだろう。

 

 

 

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